西郷隆盛について
西郷隆盛と言えば、東京上野の銅像で有名ですね。西郷隆盛の本名は隆永、通称は吉之介。武士(薩摩藩)であり、軍人であり、政治家です。薩摩藩の盟友大久保利通、長州藩の木戸孝允(桂小五郎)と並び、「維新の三傑」と称されています。 西郷隆盛は、1827年に薩摩藩の下級武士・西郷吉兵衛隆盛の長男として誕生。藩主・島津斉彬に認められ、江戸に出て庭番として仕えます。 第一次長州戦争の戦後処理にあたった頃から倒幕に転じ、坂本竜馬の仲立ちで、対立していた長州藩の木戸孝允と薩長同盟を結び、倒幕運動の中心人物になっていきました。
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高杉晋作について
高杉晋作とは、幕末に活躍した長州藩の尊王倒幕志士。奇兵隊など諸隊を創設し、幕末長州藩を倒幕へと向かわせました。 高杉晋作は、1839年、長州藩士200石・高杉小忠太の長男として現在の萩市に誕生。明倫館や松下村塾で学び、1858年に藩命で江戸へ遊学、昌平坂学問所などで学びました。 1860年に帰郷、山口町奉行井上平右衛門の次女、まさと結婚。
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土方歳三について
土方歳三とは、幕末期の幕臣、新選組副長。1835年に武蔵国多摩郡石田村で、豪農の末っ子として誕生。両親が早くに亡くなったため、兄夫婦に育てられたとのこと。 土方歳三は、実家秘伝の「石田散薬」を行商しつつ各地の道場で他流試合を重ね修業を積んでいたころ、日野の佐藤道場に出稽古に来ていた天然理心流4代目の近藤勇と出会います。そして、1859年(25歳)に天然理心流に正式に入門しました。 1863年、近藤勇達と共に浪士組に参加し京都へ。壬生浪士組の活躍が認められ新選組が発足、歳三は、組織編成当初から副長を勤めることに。
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海援隊について
海援隊(かいえんたい)とは、幕末に、土佐藩脱藩の浪士である坂本龍馬が中心となり結成した貿易結社。 海援隊の前身となったのは、1865年に薩摩藩の援助を得て長崎の亀山(現在の長崎市伊良林地区)で結成された亀山社中。これは薩摩藩・越前藩などをスポンサーとし、蒸気船を賃借りして海運業を営み、討幕資金を稼ぐのが目的でした。
1866年の第二次長州征伐に於いては長州軍艦ユニオン号を運営、海戦に参加して大いに活躍しました。 1867年4月、龍馬は脱藩が許されて亀山社中の隊長となり、土佐藩が引継ぎ「海援隊」と改編されました。従来の海運業に加え、討幕のため犬猿の中であった薩摩と長州の関係修復を仲介。薩摩の西郷隆盛・長州の木戸孝允(桂小五郎)を代表とする薩長同盟の締結に大きな役割を果たしたりもしました。また、「万国公法」などの西洋の出版物の翻訳なども行いました。 海援隊は、日本初の株式会社とも言われ、中岡慎太郎が隊長となった陸援隊と併せて翔天隊と呼ばれています。
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